溺れる者は藁をも掴むの真意とは?語源と誤用を防ぐ判断基準
溺れる者は藁をも掴むの真意とは?語源と誤用を防ぐ判断基準の疑問点について、分かりやすい解説を詳しくお届けします。
「藁」という日本の農村風景を象徴する単語が含まれているため、多くの人が江戸時代のいろはカルタや仏教説話を発祥だと信じ込んでいます。しかし、国文学や近代翻訳史の調査データを照らし合わせると、このことわざは明治時代以降に欧米から輸入された翻訳借用語であることが明白です。
原典となっているのは、16世紀のイングランドで広く使われていた英語の慣用句です。思想家トマス・モアが1534年にロンドン塔幽閉中に執筆した『A Dialogue of Comfort against Tribulation(苦難に対する慰めの対話)』など、初期近代英語の文献に類する表現が確認されています。英語圏では古くから「A drowning man will clutch at a straw.(溺れる者は藁を掴もうとする)」という格言として定着していました。
これが日本へ流入した契機は、明治期の洋学導入と翻訳ラッシュにあります。福沢諭吉をはじめとする啓蒙思想家や、坪内逍遥らによる英文学翻訳の試行錯誤の中で、英語の直訳表現が新聞連載小説や教科書を通じて急速に市民層へ浸透しました。日本語にも古来「苦しい時の神頼み」という類似の心理描写は存在していましたが、「水に溺れる身体感覚」と「藁という脆弱な対象」の強烈な対比が、近代化の波に揉まれる当時の人々の感性に深く突き刺さり、わずか数十年で和製ことわざと見紛うほどの定着を見せました。