過激派「中核派」の現在と歴史!アジト潜入と革マル派対立の真相
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中核派の歴史を語るうえで避けて通れないのが、同門であり激しい対立関係にある「日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(革マル派)」との死闘だ。1963年の組織分裂以降、両派は運動主導権を巡って熾烈な主導権争いを展開。「内ゲバ」と呼ばれる熾烈な同士討ちの沼にハマっていった。
抗争は凄惨を極めた。1975年、埼玉県川口市のアパートで、中核派の最高幹部だった本多延嘉が革マル派の襲撃部隊によって殺害される事件が発生。これを機に両派の復讐劇は激化し、鉄パイプやバール、爆破装置を用いた凄惨な殺し合いへと発展した。数十年に及ぶ暗殺合戦により、双方で100人を超える死者と数千人の負傷者を出すに至る。この血生臭い暴走は、一般社会から新左翼全体が完全に見放される決定的な要因となった。