Kontaの学歴と知られざる原点!高校大学の真相から現在の姿まで
Kontaの学歴と知られざる原点!高校大学の真相から現在の姿までに関する専門家の意見を分かりやすく解説いたします。
高校を卒業した近藤敦が最初に足跡を残したのは、80年代の小劇場演劇ブームの中心地でした。早稲田大学演劇研究会を母体として劇作家・鴻上尚史が旗揚げした「劇団第三舞台」に初期メンバーとして参加。1981年の旗揚げ公演『朝日のような夕日をつれて』など、疾走感とアイロニーに満ちた初期作品の舞台に立ち、身体表現とセリフ回しの極意を現場で叩き込みました。
舞台俳優としての活動と並行して、ギタリストのいまみちともたか(イマサ)らと合流し、1982年にBARBEE BOYSを結成。後に女性ボーカルの杏子が加入したことで、唯一無二の男女ツインボーカルスタイルが完成します。
KONTAのステージングで何より異彩を放っていたのが、ソプラノサックスの圧倒的な腕前です。金管楽器のような華やかさではなく、ギターのカッティングと切り結ぶように鋭く突き刺さるそのフレーズは、ほぼ独学に近いアプローチから生み出されたものでした。息を吹き込む一瞬のブレスすらも楽曲の緊張感に変えてしまうサックスプレイは、演劇的な間の取り方と完璧に融合していました。
また、ステージ上で見せる杏子との濃密な距離感から、当時は「二人は私生活でも付き合っているのではないか」という熱愛報道や噂が絶えませんでした。しかし、当時の関係者証言や後年のインタビューで明かされている通り、二人の関係は恋愛を超えた「過酷なステージを戦い抜く戦友でありビジネスパートナー」でした。互いに背中を預け合いながら、男女の駆け引きをリアルに演じ切る緊張感こそが、BARBEE BOYSという劇空間の真髄だったのです。