瀬戸内寂聴の本名と改名の真相|晴美から法名へ辿った波乱の全生涯

瀬戸内寂聴の本名と改名の真相|晴美から法名へ辿った波乱の全生涯にまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。

作家として頂点を極め、経済的にも恵まれていた瀬戸内晴美でしたが、心の中の地獄は消え去りませんでした。男たちとの腐れ縁を断ち切れず、自他ともに傷つけ合う生活に心身ともに限界を迎えていた50歳の頃、彼女は出家を決意します。「男と別れるには髪を剃るしかなかった」と後に語った通り、それは生き延びるための極限の選択でした。

当初はカトリックの修道女(シスター)を志望したものの、過去の奔放な女性遍歴などを理由に修道院から拒絶されます。受け皿となったのが仏教でした。作家仲間であり天台宗大僧正の今東光(こん とうこう)氏を頼り、1973年11月14日、岩手県平泉の中尊寺で51歳にして得度を果たします。

今東光から授かった法名「寂聴」の由来は、「寂けさを聴く」という境地に由来します。「寂」という文字には、仏教における静寂や煩悩を滅した悟りの境地(寂滅)の意味が込められています。「これまでの激しい愛憎の嵐を捨て、静けさの中に響く真理の声に耳を傾けよ」という師からの深い教えが込められた名でした。

石川 優花

石川 優花

インテリア&ライフスタイルコーディネーター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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