龍安寺つくばいの謎を解く!「吾唯足知」の仕掛けと水戸光圀寄進の真相
龍安寺つくばいの謎を解く!「吾唯足知」の仕掛けと水戸光圀寄進の真相に関する深掘り解説を丁寧に解説いたします。
このつくばいを龍安寺に寄進した人物として語り継がれているのが、徳川御三家の一つ・水戸藩の第2代藩主である水戸光圀(徳川光圀公)です。講談やテレビ時代劇の「水戸黄門」としても親しまれる光圀ですが、なぜ水戸の藩主が京都・大雲山龍安寺につくばいを納めたのでしょうか。
江戸中期の記録や寺伝によると、光圀は仏教や儒学に極めて造詣が深く、龍安寺の塔頭・西源院や蔵六庵の住持と深い親交を結んでいました。歴史書の編纂(『大日本史』)にも着手していた教養人である光圀が、禅の極意である「知足」の精神を愛で、茶室に入る前の清めの器としてこのつくばいを考案・寄進したと伝えられています。
ただし、現代の境内を訪れて方丈の北側で見ることができるつくばいは「レプリカ(複製)」です。実物のつくばいは、重要文化財に指定されている茶室「蔵六庵(ぞうろくあん)」の露地(茶庭)に据えられています。蔵六庵は織田信長の弟である織田信包(のぶかね)ゆかりの歴史的建造物であり、建物保護と禅宗寺院の神聖な茶の湯空間を保つため、原則として一般非公開となっています。
本物が非公開であることに対して残念がる声もありますが、方丈裏の露地に据えられたレプリカは、石の質感から文字の彫り込みの深さまで忠実に再現されており、四季折々の苔や木漏れ日の中でその意匠を間近に鑑賞することが可能です。