天海祐希の本名「中野祐里」の由来とは?宝塚秘話と最新素顔に迫る
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宝塚音楽学校へ主席クラスの優秀な成績で入学した彼女は、1987年に宝塚歌劇団へ入団。わずか入団7年目という異例のスピードで月組トップスターに上り詰めた。この空前絶後の快挙を支えたのが、現在まで広く知られる芸名「天海祐希」である。しかし、この名が決定するまでには家族と恩師の間で知られざるドラマが存在した。
宝塚歌劇の世界では、芸名を決める際に本名から一文字を取る慣習がある。彼女の場合も本名の「中野祐里」から「祐」の一文字を残すことが早々に決まった。候補として最後まで残ったのは「木条祐希(きじょう ゆうき)」と「天海祐希(あまみ ゆうき)」の2つ。父親は「木条」を推したという。だが、彼女の恩師や周囲のアドバイスは違った。「大きな空と広い海のようにスケールの大きな女優になってほしい」という願いを込め、「天海」が選ばれた。自らのルーツである本名の文字を刻みつつ、大きく羽ばたく翼を得た瞬間だった。