征韓論とは何だったのか?西郷隆盛の真意と明治六年政変の真相

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通俗的な歴史観では、「軍事侵略を企てた好戦的な西郷隆盛を、平和主義者の大久保利通が止めた」という単純な構図で語られがちです。しかし、近年の歴史学研究においては、この見方は明確に修正されています。

第一に、西郷自身は一貫して「軍隊の先行派遣」に反対し、閣議で軍隊派遣を唱えた板垣退助らを抑え込んでいました。西郷が目指したのはあくまで正当な外交交渉であり、「殺される覚悟で赴く」という極限の捨て身外交でした。

第二に、内治派の大久保利通らも決して平和主義者だったわけではありません。事実、大久保らは征韓派を政権から追放したわずか半年後の1874年に「台湾出兵」を断行し、1875年には「江華島事件」を引き起こして朝鮮に不平等条約(日朝修好条規)を突きつけています。

つまり、両者の対立の本質は「平和か戦争か」という道徳論ではなく、「今、外征を行うべきか否かというタイミングの差」および「誰が主導権を握って近代国家を構築するかという権力闘争」であったというのが、歴史学における実証的な真実です。

清水 千尋

清水 千尋

フード&トラベルライター

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。

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